Before The LOVE 内田敏夫
1973年4月4日
福岡県南区にて誕生。

1987年4月
当時、吹奏楽部に共に所属していた親友からバンドを組もうと誘われる。じゃんけんによりギターに決定!(この日より長い長いギター人生が始まる)後日通販で?\19,800のギター&アンプセットを購入。

1987年9月
中学2年のこの頃、吹奏楽部の仲間と組んだバンド「non color」で文化祭へ出場。演奏終了後「明日からぜったいモテモテばい!」のメンバーの思惑むなしくいつも通りの日常を送る(その後、ヤマハティーンズミュージックフェスティバル出場をもって「non color」解散)。

1989月4年
博多工業高校入学、軽音楽部へ入部。この頃から本気でギターへのめり込んで行く(毎日19時まで先輩の練習を見学、その後23時まで部室を自由に使える)。
この頃、軽音楽部で3ピースバンド「バカボンズ」を結成。ボーカルがいなかったのでとりあえず内田が歌ってた。

1989年6月
隣町に平というなかなかいいボーカルがいるとの噂を聞き、共通の友人と共に平の家を訪れる。「あっ、俺としお、よろしく」「俺ジョニー、まぁあがれよ」 8畳の部屋に鏡、ドライヤー、布団、ギターだけのシンプルすぎる部屋での初めての出会いであった。
それからしばらくの月日がたち、2度めのジョニーとの出会いは大橋という町であった。革ジャン、革パンにトイレスリッパというなかなかアバンギャルドなスタイルのジョニーは「今メンバー探してるんよ。」俺「どのパート」ジョニー「ギターとベースとドラム」ってかおまえ一人やん。だがちょうど3ピースのボーカルギターよりギターに専念したかった事もあり「バカボンズ」への加入を求め、「TheLOVE」の全身バンドへとなった(この時スリッパだったジョニーは、出かけ先でブーツを盗まれてたらしい)。

1990年11月
当時バンドマンのはやりのバイト、ティッシュ配りを始める。そこでオレンジの巨大なアフロにアナーキーな目つきのカツオ先輩に出会う。ある日仲間から「おまえカツオさんが怒っとうぜ」 俺「まじで、おれボコボコかなあ?」 仲間「とりあえずあやまりに行けよ」 震える体であやまりに行ったおれに「お前さあー さあー さー うっそー」こんないじめが行われるほどのアナーキーなカツオさんであった。
この頃、軽音部の仲間であったベーシストが一身上の都合(おかあさんがうるさかった)で「バカボンズ」を脱退したので、アナーキーなカツオさんへ加入を打診した。それからあのアナーキーなカツオさんは動物占い子鹿のカッチョンへと変身して行ったのだ。  

1992年3月
平の突然の脱退宣言(失恋が原因らしい)により「バカボンズ」解散。その後上京した平にもう一度福岡でバンドをやろうと東京へ行った俺、池袋の居酒屋にて。
俺「もう一度福岡でロックバンドやろうよ」
平「ごめん、もう俺にはロックは歌えない」
俺「なんで?」
平「だって俺世の中にそんなに不満ないもん」
そういえば「バカボンズ」の歌詞の世界観は「この世の中にゆだんするな」「ボスの罠にはめられた」「真っ白な白い粉」等々。
平「やっぱり身近な愛とか家族とかそういう事を歌いたい」  
納得。
平「俺東京でがんばるよ」
平を呼び戻す事を断念した俺はその帰り道、盗んだチャリ(まねしちゃだめよ)で走り出した。すべてを忘れるために。走り出した。捕まった(東京は取り締まりきびしいね)。

1992年8月
突然帰福した平から友達のライブを見に行こうとの誘い。その帰り道、
平「もう一度バンドやらん?」
俺「いいね、俺もロックバンドよりいい歌詞の曲がやりたい」  
平「うん、やろう」
そしてすぐカッチョンへ連絡、彼も即断してくれた。
そしてその日から今現在、結成15年のバンド「TheLOVE」は始まったのであった。
後日聞いた話だが上京の原因になった失恋相手とよりを戻したのが帰福の一番の決めてだったらしい(笑)。
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